君たちは、超高齢化社会をどう生きるか!?母から教わる「死」と「老い」

(2023年8月14日のメルマガより)

みなさんは

「死」

が怖いですか?

僕は・・・
今はそれほどではありませんが、
昔は超・怖かった。
おそらく僕は、
世界の誰よりも、
死を恐れていた人間でした。

その原因は
今から50年以上前のこと、
僕が4歳くらいの頃に遡ります。

母親と二人で、
他愛のない会話をしていた中で、
前後の話は
覚えていないのですが・・・
おかあさんの胸で
どっくんどっくん鳴っている
心臓のことを、
教えてくれたのです。
4歳のけいじくんは、
母に
なんとなしに尋ねました。

「心臓が止まったらどうなるの?」

すると


「心臓が止まったら、死ぬのよ」

と、
あっけらかんとした様子で
答えてくれました。

けいじくん
「死ぬって、どういうこと?」


「死ぬっていうのは・・・
 自分がいなくなることよ!」

けいじくん
「自分がいなくなるって
 ・・・どういうこと!?」


「そりゃぁ、
 自分がいなくなるんだから
 ・・・な〜んにも
 わからなくなるのよ〜」

・・・・・

その後の会話や、
自分が
どのようにふるまったのか
などは
全く記憶にありません。
ただ、
その時に感じた、
どうしようもない
絶望的な恐怖心は、
今に至る
僕の人生の旅の原点になりました。

母から
「死」を教わってから、
僕はしばらく
眠れぬ夜を過ごしました。
本当に、本当に
怖かったのですが、
誰にもこの孤独と恐怖を
わかってもらえなくて、
一人で
解決するしかなかったのです。
さんざん苦しんだ挙句の、
僕の解決策は

「とりあえず100歳まで生きる」

と決めたことでした。
4歳児にとっての
100歳というのは、
永遠にも似た
遠い遠い未来の彼方です。

問題先送りと言ってしまえば、
その通りなんですけど、
4歳のおバカな男の子が
必死でたどり着いた解決策であり、
これは僕の
人生の指針にも
なっているのであります。

今や、
「人生100年時代」
と言われるようになり、
時代の方が
僕に
ようやく追いついてきた
感があります(笑)

さて、
僕に「死」を教えてくれた母。
現在89歳。

その母親は、
認知症が
どんどん進んでいる
今日この頃であります。
おかげさまで、
カラダの方は
すこぶる健康体なんですけれども、
頭の方が
相当スピーディーに衰えています。
長年の習慣になっていること、
考えなくてもできることは、
完璧に出来るのですが、
考えることや、
言葉に変換することが
億劫になっているのか、
コミュニケーションをとるのが
非常に
難しくなってきているのです。
普段は
あまり目の焦点が合っていない様子で、
ぼぉ〜っとしていることが多く、
僕は週一で
母のところへ顔を出すのですが、
最近は訪れても
反応が非常に薄い。
寂しい(笑)

僕に
「死んだら、自分はいなくなる」
と教えてくれた母ですが、
今の母を見ると、
現に生きてはいるのですけれども、
同時に
もうすでに
「いなくなっている状態」
であるようにも
見えてしまいます。
ふと、
そんな気づきがあって、
なんだか感慨深くなったりもしました。

母と最後に旅行に行ったのは、
昨年の春。
その頃も、
だいぶん頭が衰えてきていると
感じていましたが、
それでもコミュニケーションできたし、
観光しながら
楽しさを共有できもしました。

あれから1年数ヶ月で、
ここまで衰えてしまうんだなぁと、
これまた感慨です。

カラダの変化、
老化とか病気といった、
健康状態の変化って、

【だんだん
 悪くなっていくものではない】

というのが、
僕の基本的な考え方です。

例えばハゲ方。
ハゲ頭は
少しずつ禿げていくのではなく、
ある時一気に進む!
そして
しばらく小康状態を保つものの、
ある時また
一気に進む!
これを繰り返して
最終的なハゲ頭が完成するのです。
(ハゲが不健康ということでは
 ないので念のため。
 ご気分を害された方には陳謝します)

脳の衰えも、
一気に進むんだということが、
母を見てよくわかりました。
そうして、
自分もいつか
このようになる
可能性があるんだということを、
胸に刻んでいます。
記憶障害や、
思考障害が、
明らかにひどくなった
自覚が生まれた時から、
リアルな「死」が始まるのかな。
そんなふうに、
「死」をテーマに生きてきた僕に、
今、
母が再び
考えさせてくれているようにも
思えます。

母には、
出来る限りのことをしてあげたい。
そう思いつつも、
本人が何を望んでいるのか
よくわからない。

そのような、
悩ましい状況でも
あるわけでありますが、
介護をされている
多くの方が
同じように感じていることと思います。

これが、
超高齢化社会。
その真っ只中に、
僕らは生きているのであります。

なかなかスッキリとは行きませんが、
それは人生も同じです。
育ててもらったご恩返しとばかりに、
感謝しつつ、
出来ることを精一杯やってあげるしかない、
というのが、
今のところの
僕の結論であります。

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