棟居微貳 プロフィール

棟居 微貳(むねすえ びに)

本名:棟居 啓二

1967年12月4日生
神奈川県平塚市在住

略歴
1991年  3月 横浜国立大学経営学部経営学科卒
1991年  4月 株式会社竹中工務店入社
2008年  1月   独立を目指して週末起業家となる
2010年10月   NLP(神経言語プログラミング)を学び始める
2014年  9月   メンタルセラピスト
2017年  1月   スパイラルセラピスト(ボディーセラピスト)
2018年  1月   竹中工務店を退職し、独立
2018年  9月   クローバーシリーズ販売店として活動開始
2020年  4月 YouTubeチャンネル「ザ・脱サラの星★」スタート
2021年 1月 屋号をKJRと定める

保有資格
・米国 NLP 協会認定 NLP マスタープラクティショナー ・国際ジェネラティブチェンジ協会認定ジェネラティブコーチングプラクティショナー ・スパイラルセラピスト


Binyのライフストーリー

(1)物語の始まり

2007年秋、40歳を目前にして僕は悩んでしました。

その悩みとは

「人生80年だとしたら、今は折り返し地点。なのに自分はまだ何も成し遂げていない・・・」

「成し遂げる」と言っても、そもそも自分が本当にやりたいことが何なのかが明確になっていない。だが、今のままでは絶対に人生に悔いを残す。それだけははっきりしていました。

若い時から「いつか会社を辞め、独立して何かをやりたい」という想いを抱いていました。その想いも、家庭を持ち、子供が生まれ、家を建て、諦めることにしたものでした。

そしてこの頃はちょうど次女が生まれる時期でもあり、住宅ローンを始め生活や家族のことを考えると、何のあてもなく独立するにはリスクが大き過ぎるという現実がありました。

当時勤めていた会社は(株)竹中工務店という大手建設会社。非上場でありながら超優良企業であり、給料も高く定年まで安定収入が約束されていました。

給料を毎月払ってくれる会社には感謝していた反面、組織に馴染めず、実力を十分に発揮できている感覚からはほど遠いサラリーマン生活をこのまま何となく続けていく人生で、本当にいいのだろうか・・・

そんな時、たまたま書店で目に飛び込んできた「週末起業」というキーワード。

手に取って、パラパラめくるとそれは「会社勤めをしながら余暇を活用して自分の好きなことで起業する」という当時としては斬新なビジネススタイルを紹介している本でした。正に時代の変化を先取りしていて、僕はたちまちこの考え方に魅了されました。

そして決意しました。

それは

「週末起業家となって、5年間がむしゃらに頑張ろう。それだけやってみて上手くいかなかったらスッパリ諦めよう!」

という背水の陣。

僕のスタート地点は、「独立したい!」ただそのエネルギーだけでした。

週末起業家としての事業は、色々なことにチャレンジしました。そして失敗に次ぐ失敗を重ねました。

比較的長期間続いたのは「通勤天国.com」という携帯サイト。ビジネスマン向けに満員の通勤電車で楽しんでもらうことを目的としたポータルサイトを、週末起業家仲間のチームで運営していました。2009年秋から2012年秋までの3年間、日曜日以外毎日更新を続けましたが、PVがまったく伸びなかったので閉鎖を決断しました。

僕が取り組んだ週末起業はいずれも、売上にはほぼ繋がりませんでしたが、さりとて無駄だったわけではありません。サラリーマンの立場だけでは絶対に会えないような人脈の広がりや、マルチタスク処理能力の開発、忍耐強さといった独立マインドを育むことができました。

さて、会社では営業マン、余暇は週末起業家というライフスタイルを送る中で、2010年秋、NLP(神経言語プログラミング)に出逢います。

この出逢いは僕の人生を変えました。

NLPとは、「脳の取扱説明書」であり、同時にこれを学ぶ中で「取説」を自分に当てはめて自らの能力を開発していくことで、人生を豊かにするテクノロジーです。

NLPは、一般的には「コミュニケーション・スキル」として知られていますが、学びを深めていくと人生がより良い方向に変化していく、可能性に満ちた画期的なテクノロジーであることを確信しました。

僕はNLPのコースが終わるや否や、講師(酒井利浩氏・(株)NLPフィールド代表)を巻き込んで、勉強会を主催するようになりました。同時並行でエリクソン催眠の世界的権威スティーブン・ギリガン博士とNLP研究の第一人者ロバート・ディルツ博士による「ジェネラティブ・コーチング」を学ぶことでNLPをさらに深め、自分でもオリジナルコンテンツをつくって、勉強会を開催するに至ります。

NLPを学ぶ以前の僕は、多くの事象に対して敵愾心を剥き出しにしていました。

「人生は闘いだ」と信じていました。

会社生活においては、「いつでも辞めてやる」という気持ちでいました。いつ辞めても後ろ指刺されないように仕事は誰にも負けないクオリティのアウトプットをするという気概を持っていました。

このように書くと、いかにもカッコよさげですが、現実には「組織に馴染めない困った奴」という見方・評価をされていたであろうと思われます。(僕が会社にいた頃に関わっていた上司の方々に対しては、今となっては本当に恥ずかしさでいっぱいです笑)

NLPの学びによって、僕は急速に「丸く」なりました。

「人生は闘いではない」ということに気づき、ラクに生きられるようになったのです。

ところが思わぬところに落とし穴がありました。

それまでの「闘い」優先の生き方は、自分の身を守ってくれる面もありましたが、「武装解除」した途端、自分の繊細な部分が剥き出しになってしまい、外からの刺激に対して無防備になってしまったのです。すると以前では考えられないほど、とるに足らない(と思っていた)ネガティブなエネルギーの影響によるダメージが思いのほか大きくて、自分のステイトコントロールに必死な日々を送ることになりました。

医者から鬱だと診断され、数ヶ月会社を休ませてもらったこともあります。

2015年春のことでした。

給料をもらいながら一定期間休ませてもらえるのだから、

「独立するにはまたとないチャンスかも!」

とも一瞬思ったのですが、メンタルのエネルギーレベルが低い時に、そんな力は湧いてくるはずがありません。

話は前後しますが、独立を志して週末起業家になった当初定めた目標「5年間がむしゃらに活動して独立する」は、達成されませんでした。2013年春がその期限でしたが、その頃の僕はサラリーマンと週末起業家の二足のワラジ生活に十分満足していたのです。この年はもっとも精力的に活動していて、NLP講座の他に交流会や勉強会などをバンバン企画運営していて、1年間の主催イベントは50回を超えたほどでした。

ところがその年の暮れに福島の復興支援に関わる作業所への異動が決まり、年明け早々から単身赴任となり都内での週末起業活動は休止を余儀なくされました。

鬱になったのは、福島県南相馬市から戻ってきた翌年のことでした。

当時の業務自体は、若い時からずっとやってきた事なので問題なかったのですが、上司がいて振られてくる仕事そのものがどうにも面白くない。

その上司との関係は最悪で、指示される仕事のほとんどが時間の無駄だと感じてしまう。

そして人間関係についても業務のやり方についても、改善しようという意欲も湧かない。

以前の自分なら、上司に噛みつき周りに吠え散らし、いばって仕切ろうとしていたと思われますが、この頃は「自分を変えるんだ!人生は闘いではないんだ!」と自分に言い聞かせているうちに、心が消耗していったものでした。

ある朝風呂に入っていて、仕事場へ行くことを体が拒否していることに気づき、そのまま会社のカウンセラーのところへ相談に行き、紹介先の病院で「鬱」の診断を受けました。

幸いなことに、(メンタルセラピーを学んでいることが功を奏して)早い段階で気づくことができたので、それほど重い症状ではありませんでした。翌日から療養休暇を取得できたので、約2ヶ月間は毎日十分な睡眠をとり、起きている時間は自分と向き合うことにしました。

結果的にこれは、20年以上働きづくめだった中突然神様からもたらされたギフトだったのです。

この療養中に、長年自分の中に封じ込めてきた「絵を描きたい!」というパッションが解放され、これをライフワークとする決意に至ります。


(2)人生の転換点

2013年末、福島の震災復興への異動が決まった時に「サラリーマンと週末起業家の二足のワラジ」のライフスタイルは崩れたものの、自分の命の燃やしどころに対するアンテナは常に張り続けていました。

できれば独立したい。

その想いは揺るぎなかったのですが、一体いつ、どのような形で独立するのか?自分は何をするのか?そのことが見えないままに時は過ぎていきます。

2014年〜2016年中旬までは、鬱のきっかけになった職場の期間を除けば、自分にとってやりがいのある仕事を任されていたので、「独立熱」は比較的控えめな時期でした。

しかし竹中工務店における最後の職場となる、ある内勤部署に配属されてから独立するまでの2年弱は、僕のサラリーマン生活最後にして最大の試練、苦難と忍耐の日々でした。

やりがいゼロの仕事内容。

居心地の悪い職場。

大嫌いな上司。

無駄な作業。

ほかにも挙げればキリがないほど、ネガティブ満載の仕事環境・・・。

よくもまぁ、これほど酷い状況が用意されたものだとつくづくあきれます。

これほどマイナスの要素に囲まれていたにも関わらず、辞める決断ができなかったのは、過去と同様エネルギーレベルが低すぎたのと、今の(収入面や安定性などの)安心感を手放す勇気がなかったからでした。

ところが2017年の初夏、転機が訪れます。

この”事件”を僕は自分史の中で「50万円ショック」と名付けています。

6月は上期(前半期)のボーナス月なのですが、その金額が予想していたよりも何と50万円も低かった。

最初にその数字を見たときこれは何かの間違いだと思い、直ちに上司に問い合わせしました。ところが「間違いではない。これはお前の昨年の評価に基づいて決められた金額だ」と言われました。

要するに成績が悪いので、ボーナスが下がっていたということです。

5段階評価の2。

ちなみに、それまでの成績はずっと3でした。

3が2になると半期で50万円以上、通年で100万円以上収入が下がってしまうのです。

納得いかなかったのは、

「昨年の評定が3から2に下がった」

ということを、誰からも伝えられなかったことでした。

上司からも、人事部からも、です。

当時所属していた部署は会社人生でもっとも合わない職場だったので、上司にも人事にもそのことを相談し出来れば異動したい旨をちょくちょく伝えていました。

だから

「おまえは自分の能力を今の部署で活かせていないなぁ。今よりもぴったりの部署を探しておいてやるよ。だけど今回の成績は2にしておくからな。なぁに、挽回のチャンスはこの先いくらでもあるから、今回だけは我慢してくれよ」

くらいのことを伝えるチャンスはあったはずなのに、ボーナスが振り込まれるまで会社側から伝わる機会はありませんでした。

さて、ボーナス50万減額(しかも当時はオリンピック景気で全体としてボーナスUPしている)の経緯があまりにも酷すぎるので、ただちに上司に対して苦情を伝えました。

ところが上司は

「俺は知らない。決めたのは俺より上の部長と人事部だ」

と言います。

「よし、それなら部長と人事を問いただそうではないか!」

と一瞬考えましたが、

「いや待てよ」

と立ち止まり、しばし熟考しました。

長い会社生活の中で口惜しい思いを何度となく味わってきた経験を思い起こしてみると、それは確かに闘いの連続だったのですが、その闘いには、いついかなる時も、相手の実体が存在していませんでした。

巨大な組織の前に、個人の力は非力なのです。

今回の問題、50万円を勝ち取るために闘いを挑むという選択肢は、確かにありました。

そして、徹底的に闘えば勝つ自信はありました。(僕は、実はゴネるのが得意なのです)

ただし、勝利を勝ち取るために使うエネルギーは、相当なパワーが必要であり、そこまでパワーをかける価値があるのか?という疑問符が浮かびました。

そしてゴネるという行為は、会社に対する忠誠心・仕事に対する自信の裏返しですから、それだけ会社に貢献することを担保あるいは宣誓するのに等しいと考えました。

このとき、本当にしばらくぶりに

「会社を辞めて独立するんだ!」

という猛烈なエネルギーがフツフツとたぎり始めるのを感じている自分に気づきました。

この「50万円ショック」は、僕の背中を

とん

と押してくれた事件だったのです。

正に転機です。

100万円は確かに惜しい。

でも、これは手切れ金と考えよう。

自分の本気を天が試すために与えてくれたチャンスだ。

そんなふうに自然と思えてきました。

かくして2017年夏、独立に向けた活動が本格的に始まったのでした。

一旦決めてしまうと、あとは早かった。

10年かけて「独立マインド」を育ててきましたから、あとは行動するだけ。

もちろん、家族の同意や現実的に経済面をどうしていくかなど難しい課題はたくさんありました。

けれども、決意して行動開始してからは、課題がひとつ浮き彫りになるたびに、解決策が思いもよらないところから現れ、それを繰り返すうちにトントン拍子で進んで行き、半年後の2018年1月31日、ついに10年越しの夢である独立を果たすに至ったのでした。


(3)現在につながる変化

2010年秋にNLPと出逢い、その後継続的に学びを深めていきましたが、2013年秋、スティーブン・ギリガン先生とロバート・ディルツ先生のお二人との出逢いは、僕の人生に大きな影響を与えてくれました。

両先生が開発された「ジェネラティブ・コーチング」は、「癒し」の技術であるとともに「自分の在りよう」を自ら磨くスキルであり、メンタルセラピーやコーチング、カウンセリングなどにおいて最も有効に応用し得る世界最高レベルのテクノロジーです。

上に述べたように、それまでの自分は非常に視野の狭い世界に生きていました。常に戦闘モードでいたのは、臆病さの裏返しでもありました。「愛」とか「やさしさ」といった言葉に対しては「へっ、なに言ってやがる」と撥ねつけるような男だったのです。

それが、自分の中に「愛」が存在していることを自覚するようになり、「闘い」を手放す決意をしました。

ところが、それまで何十年もかけてつくり上げてきた、生き方そのものとも言える「闘いの反応パターン」は、そう簡単に変えられません。「オレは変わった〜!」と喜んだ矢先、理不尽なことを突きつける上司に対し「納得が行きません!」と噛みついたりして、その後ひどい自己嫌悪に陥ったりすることが、しばしばありました。

それもジェネラティブコーチングをはじめとする、自分自身と向き合う学びを継続し深める中でどんどん癒されていき、やがて「メンタルセラピスト」と名乗れるようになりました。

メンタルセラピストを名乗る前の一時期、僕はNLPのスキルを活用したコーチとして活動していましたが、僕の最大の関心事は、目先の目標達成を目指すだけでなく、クライアントが自らの力で、より本質的で普遍的な価値に気づいてその後の人生が良い方向に変わっていくこと。

あるクライアントは、国家資格を取得するという目標を掲げていましたが、僕のコーチングによって目標達成できただけでなく、ご自身のマインドセットの方法を身につけることができ、ここぞというタイミングで実力を発揮できる【自律力】が備わりました。

人生の重要な目標を達成するには、自らの「心の闇」をエネルギーに転換することが鍵となります。

「心の闇」は癒されなければなりません。

僕自身が「癒しのプロセス」を体験し、ステージアップしてきたからこそ、このようなサポートが自分のミッションであると確信しています。

今もコーチングはしますが、その前提となる「癒し」が何よりも重要と考えているので、「メンタルセラピー」を前面に出して活動しているのです。

ここでセラピストとして、もうひとつの柱である、ボディーセラピーに関する経緯に触れておきます。

「スパイラルセラピー」に出逢ったのは2012年。

それは、ご自身が長年抱えていた不調をたちどころに元気にしてしまった「スパイラルセラピー」に惚れ込んでセラピストになった森渉さんとのご縁でした。

それまで見たことも聞いたこともなかった、クールでスマートな金属製の健康器具「スパイラルフォース」。

その器具を、身体の固まっている部分や滞りがちなツボに軽く当てるだけで、みるみるうちに全身が緩んで身体の状態を整えてくれるという実に不可思議なボディーセラピーに、僕は非常に興味を抱いてしまいました。

以来数年間にわたり継続的に施術を受けていく中で、自分の身体の変化に気付くようになりました。

僕の身体はそもそも、非常に硬い。

そしてクセが強い。

骨格もガチガチに固まっている。

セラピーを受けると、その直後はある程度緩みます。

身体が緩んでラクになると、心もラクになる。

ゆるんだ身体はしばらくすると元に戻りますが、そうすると心の柔軟性の不自由さに気づく。

これはとても微細な感覚で、気にしなければどうということはない。

しかし、僕はこの体感覚を通して

「心と身体はつながっている」

ということを、はっきりと認識しました。

心(脳科学・心理学)の勉強はしてきましたが、この現実世界を、地に足着けて生きていくには、身体の勉強もしなければならない。

そう考えるようになりました。

2017年1月、出逢ってから5年を経てスパイラルセラピストの資格を取得し、そのときから「心と身体のセラピスト」としての活動が始まったのです。

会社を辞め、セラピストとして独立したのは2018年の初め。

「心と身体の健康」は揺るぎない活動テーマでしたが、セラピー、特にボディセラピーのクライアントさんは、ほとんどがどこか悪くなってから施術を受けに来られます。

やがて僕の興味・関心は、悪くなる前すなわち「本当に身体に良い健康な習慣」を身につける方法を提案する仕事をしたいという考えにシフトしていきました。

同時に、「もっと大きくエネルギーを動かしたい」「そのために出来ることはないか」とアイデアや商材を探しました。

「健康習慣のサポート」という観点で、様々な情報を集めた中出逢ったのが(株)ビーラインが扱う「クローバーシリーズ」だったのです。

最初は僕にとってワンオブゼムに過ぎない健康アイテムでしたが、実際に自分で使ってみた結果、毎日使うことで日常生活が以前に比べて総合的に豊かになったと実感するようになり、やがてそれは確信に変わっていきました。

クローバーシリーズとは、「水・空気・運動」という【健康の3大要素】を適切にサポートする現代人に必須の健康家電製品であり、ビーラインは「一家に一台」の普及を目指しています。

僕もこの理念に強く共鳴し、2018年秋頃より販売店として本腰を入れて活動を開始しました。

最初は、ほとんど売れませんでした。

クローバーシリーズはいずれも超一流で、きちんと知ってもらえれば非常にお値打ちな製品なのに、どういう訳かそれがうまく伝えられない、伝わらない。

独立一年目の2018年は、自由の代償としての、個人で活動していくことの困難さを十分味わわせてもらいました。

それが二年目となる2019年に入って、少しずつ動き出します。

いくつかのビジネス交流会に所属することで、人脈が広がり、「クローバーシリーズという特別な健康家電を取り扱っている棟居微貳」という人間が知られるようになりました。

製品も、スパイラルセラピストとしての活動との相乗効果で徐々に広がっていきました。

メンタルセラピー

ボディセラピー

免疫力向上アイテムの紹介

これらの仕事は、僕が10年かけて自分の中で育ててきたものですが、根っこの部分はひとつです。

 その”根っこ”は、一体何なのか?

 健康?

 あまりにも抽象的すぎる。

 自分の想い、生き様を表すキーワードは何か?

徹底的に自分と向き合い、探求し、出た結論は「脱サラ」「独立」でした。

若い頃から独立を志しながらも何度も挫折を繰り返していた自分。

組織に馴染めず、生きる場所を見つけられず、実力を発揮できず、夢ばかり見ていた。

家庭を持ち、安定基盤を手に入れたにも関わらず、満たされていなかった。

普通だったら観念するであろう40歳にして、後悔しないために現状打破に挑む。

サラリーマンと週末起業家、二足のわらじに一時は満足したものの・・・

50歳目前に突如降ってきた逆境がきっかけとなって、二十数年来の夢である独立を果たす。

なぜ独立に二十数年かかってしまったのか?

それは、もともと心が健康でなかったから。

そして、自分がなぜ独立したいのか、独立して何をするのかがはっきりしていなかったから。

NLPを始めとするメンタルセラピーの学びによって、自分の真実(ほんとう)がどんどん目覚めていく体験を積み重ね・・・

やがて心と身体は、健康の両輪であることに気づき、両面からのアプローチにより自らを癒しながら、自分の周りの大切な人を癒していくようになり・・・

そして自分を取り巻く世界が健康になった先、未来にあるのは、自由で豊かで彩り溢れる安心な世界。

僕はこの10年の体験に、現在の自分の、すべてが詰まっていることに気づきました。

そして2020年4月より、YouTubeチャンネル「ザ・脱サラの星★」をリリースしました。

かつての自分のような、

【組織の中で実力を発揮できずに悩んでいる人を元気にしたい】

【明確に独立を目指している人へ、役に立つ情報を伝えたい】

【漠然とした不安を抱えている人に、安心感をもたらしたい】

そんな想いで、発信させてもらっています。


(4)ミッション(使命) 

僕が目指しているのは「健康自律社会」です。

自律、すなわち「自らを律する」ということはこれを裏返すと、「何かに依存しないこと」です。

健康のために

 薬に依存しない

 医者に依存しない

 会社に依存しない

 家族に依存しない

 TVやCMを鵜呑みにしない

 他人のせいにしない

 ・・・・

もちろんケースバイケースで、必要な時には頼るのは何も問題ないと思います。

依存が必要な時だってあるかも知れません。

しかしそれでもなお、現代社会は高度にシステム化が進んでいて、その恩恵以上に、人間が自らの生命力を減退させる要素が大きいと感じています。

たとえば、食品に含まれる添加物や残留農薬にフォーカスすると現代社会のある側面が浮き彫りになります。

子供の時からの大好物で、今も時々食べてしまうインスタントラーメンには発がん物質が含まれていることを、僕は知っています。何十年も愛され続け、テレビCMでも紹介され続け、スーパーに行くと安価で手に入る。しかも美味しくてクセになる。メーカーは超有名企業で、TV番組やスポーツ大会など様々なところへ出資しているので、社会的な影響力も大きい。

この事実に対して問題意識・危機意識を持っている人は世の中に一定数いますが、その声はあまりにも小さく、大勢に影響はない。

日本のスーパーで、そこそこリーズナブルに買うことができる加工食品の多くは、ほぼ全て同じことが当てはまります。

そうした事実を知って、「仕方がない」と諦める人や達観できる人はいいでしょう。

しかし、これから未来を創っていく若い人たちや子供たちを想うと、僕は現状を変えていく必要があると強く思います。(僕自身が物心ついた頃からアトピーやアレルギー性鼻炎に悩まされていたので、子供が突然発症する原因不明(と言われる)の病気については、本当に心を痛めます)

しかしながら、不買運動はあまりにも短絡的すぎて現実的ではない。

 だから僕は、まずは現状を受け容れる必要があると考えます。

 現状の豊かさ、便利さ、快適さに感謝した上で、

 次のステップとして「さらに良い状態を目指す」ことを提案していきたいのです。

「健康自律社会」の実現には、最初に個々人が健康自律力を育み意識を変えていかなければなりません。

まず「心の健康自律力」について。

「他者への依存」の周辺には必ずネガティブで強いエネルギーがまとわりついています。

本来その人が持っているはずの生命エネルギーが、どこかで詰まって自家中毒を起こしてしまっているのです。

たとえば、心の深いところで、ものすごい不満とストレスを抱えているにも関わらず

「不本意だけど、生活のために会社に勤めている」

とか、

「一人暮らししたいけど(お金がかからないから)親元にいる」

とか。

心の問題を抱えている人が本当の実力を発揮するには、不満やストレスの原因を癒してあげる必要があります。

その手段は、これまで特定の宗教への信仰などがアプローチとして一般的でした。

令和はそこを超えて、ひとりひとりが自ら癒しながら自律的に生きていく時代だと考えています。

「心の自律力」に目覚め、自分の”依存心”と適切に付き合えるようになると、心が折れにくくなります。折れてもすぐに元に戻れます。ストレスフリーの生き方を自分の力で創造できるようになります。

僕のメンタルセラピーによって、一人でも多くの「依存から脱却したい人」が自律力を手に入れてもらえれば、これほど嬉しいことはありません。

他方、「身体の健康自律力」はズバリ「免疫力」です。

免疫力が高ければ、自己治癒力が高まります。よく勘違いされることですが、薬は病気や怪我を治しません。治すのは自分の身体です。

そして薬によるストレスが、逆に免疫力を低下させ、結果的に自己治癒力を十分に発揮出来なくなる原因にもなっている訳です。

僕が扱わせてもらっているクローバーシリーズという健康家電製品は、いずれも毎日地道に使うことによって、免疫力UPを図るアイテムです。

「水・空気・運動」という、すべての人に必要不可欠な健康の三大要素をサポートするので、習慣にさえしてもられば、使う前よりも健康であることを実感すること請け合いです。

そして、自己治癒力を目覚めさせるアプローチとして「スパイラルセラピー」のトリートメントも有効です。手技とは異なり、器具が身体に触れるだけでエネルギーの循環を体感でき、自身の生命力を実感できます。

心と身体の健康に、本当に必要なものは何か?

その答えは、一人一人が自分の中に持っていると考えています。

自分の中の「正解」にアクセスすることにより、「心と身体の自律力」が備わってくるようになると、意識が変わっていきます。

僕が提供する「価値」はすべて、クライアントの「健康自律力」へと繋がっていきます。


(5)ビジョン

●自分が自然の一部である事を前提に、本来の自分と繋がることで、より満たされた人生を歩む力を備えること。

●可能な限り、医者や薬に依存しないで自らの健康を自然の力、すなわち自己免疫力・自己治癒力で維持すること。

●身体に悪影響が出る食べ物や飲み物・生活用品から身を守る知恵と習慣を身につけること。

世の中の多くの人達が、このような「健康自律力」を身に付けられるようになると、社会が変わります。

必要以上に病院や薬に依存せず、正しい情報をすべての人が共有でき、子供も大人も笑顔いっぱいの、明るく健康的な世の中。

これが僕の思い描く「健康自律社会」のイメージです。

さいごに、僕の究極のビジョンについて述べさせてもらいます。

それは

世界に「地球の声を聴く」という価値観を定着させること

ここでいう「地球」とは、「自然」あるいは「宇宙」と読み替えてもらっても構いません。自分を超えた、私たちが生かされている「大いなる存在」の象徴として地球という言葉を選びました。

人間も地球の一部です。

自分が地球と一体であることに気づくことができたら、わざわざ「健康自律力」などという概念を持ち出さなくても、人は健康になれます。

コンクリートに囲まれた暮らし以前の人々は、今よりも心が豊かでした。

農薬や添加物がなかった頃の人々は、今よりも身体が健康でした。

僕はそう考えています。

人類はどこかで自ら有していたはずの「自然の力」を忘れてしまったのです。それを思い出せばいいのです。

思い出すために・・・地球の声を聴くのです。

僕のメンタルセラピーでは、クライアントが”自分と繋がる”ように誘導しますが、これは自分を通して地球と繋がることです。

身体に悪いものを摂取するとき。正しく自分の身体の声が聴けたら、受け入れられなくなります。

そして「地球の声」への聞き耳を立てていくと、やがて環境問題、気候問題といったことにも気付いていくことに繋がります。

僕はまず、第一歩として健康面からのアプローチにより、地球の声にアクセスしていきます。

僕は地球の一部であり、地球は僕の一部でもある。とも考えています。

自分を深く知るためにも、僕はこの先地球を旅して回ります。そして、旅で得られたことを、多くの人に伝えていきたいと思っています。

地球の旅は、真理を探す旅です。

ライフワークである「絵」を通して、真理を伝え遺すことが僕の人生のゴールなのです。